渥美清さんとの交流

やがて来た仕事は、ミュージカル『キス・ミー・ケイト』の舞台で、倍賞千恵子主演。笹野さんは殺し屋のA。倍賞さんが出ているので、山田洋次監督が観にくるのでは?と期待する。

――寅さんの妹さくらさんの舞台だから、監督は毎回いらっしゃるんでしょ、って言ったら、1回も来てくれたことない、って。がっかりしてたらある日、倍賞さんが、「ねぇ笹野君、ニュースニュース。山田監督が今日来てくれるの」って。やったぁ、と思いましたね。

その舞台が終わってしばらくしたら、事務所に『男はつらいよ』の台本が届いて。佐藤B作や柄本明はもう先に出ていましたからね、このシリーズに。僕が初めて出た85年の『柴又より愛をこめて』では伊豆下田の顔役、寅さんと同業者の役で絡ませていただきました。

それから95年までほとんど毎回出演があって、宿屋の主人とか泥棒とかゲイのライダーとか、毎回違った役で出ました。ワンシーンでしたけどね。

 

渥美清さんとの親密な交流。かなり難しい性格らしい渥美さんの心が、なぜ開いたのか。

――まだ自由劇場にいた頃、向こうから声をかけてくれたんですよ。新宿の紀伊國屋ホールの客席で、開演前にスーッと近寄って来て、「あんた、この間のお芝居に出てた人だよね、面白かったね、あれ。今度、何か面白いのやったら教えて」って。でも教える術がないんだけど。(笑)

一緒にご飯食べに行くようになったのは、『男はつらいよ』で寅さんがウィーンに行く話(『寅次郎心の旅路』)の時、柄本明も出ていて、渥美さんが僕らに「何、2人は古いの?」って。2人が話すかけ合いが面白かったんでしょうね。「そう、じゃあさ、電話番号教えるから、今度3人で飯食いに行こうよ」って。

それで3人で何か芝居観て、つまらないと一幕で出て、どっかでご飯食べながら小一時間、機嫌がいいと浅草時代の話。こんな役者がいて、どんな死に方をしたとか。その話す風情がもう、寅さんそのまんま(笑)。僕ら2人はただただ面白くて、贅沢だなぁと思って聞いてました。

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