三四郎くんは、私の秘め事を知っているんだ。それは偶然知ってしまったことで、三四郎くんが企(たくら)んだことでもないし、調べたことでもない。
 偶然に、見られてしまって、そして理解されてしまった。
 誰にも言えない秘め事。
 それがバレてしまったら、たぶん私もあの人も学校にはいられなくなる。教師を続けられなくなるかもしれない。
 しかも、向こうには家庭があるからそれを壊してしまうことにもなる。
 三四郎くんはその全てを察して、黙っていてくれている。
 もちろん、三四郎くんにはそれを餌にしてバイトすることを黙っていてもらおうなんて考えはない。
 そんなろくでなしの子じゃない。
 三四郎くんは本当にいい子。
 多少、世の中を斜めに見る傾向はあるけれども、それは頭の良い若者に共通するもの。若いときにかかるはしかみたいなもの。
 それ以外は、そう、紳士。
 私の秘め事だって、それを知っても白い眼で見たりはしない。
「まぁ、二人の間には、ある出来事を通じて、生徒と教師という関係性を超えた信頼関係が出来上がっていると思ってください」
「なるほど。信頼関係ね。それは大事なものだ」
「そうよ。生きていく上でいちばん大事なものは何かって言ったら」
「信頼だな。愛なんかよりよっぽど有用なものだ」
 有用、ね。そうよね。
 愛なんて不確かなものよりも、信頼で成り立っている関係の方がずっと長持ちする。案外おしどり夫婦なんていうのは、愛情よりも信頼の部分が大きいんじゃないかしらね。
「私も変なことを考えているわけじゃないのだけれど」
「うん?」
「まだ独身なのね」
 結婚したっていう話は、風の噂でも聞こえてこなかったし。