「独身だ。バツイチでもない」
「それはまた、どうしてなのかしら」
 全然モテそうに見えるのに。
「まぁ、まったく何もなかったというわけじゃないけれど、縁がなかったというものだろうな。案外、結婚生活というものに向いていない男かもしれない」
「あ、そういう気(け)はあるかもね」
「あるか? そう思う?」
「だって、女の子と遊ぶより自分の趣味で遊んでいる方が幸せでしょう?」
 笑った。
「その通りだな」
「そういう人は、たぶん結婚には向いていないし、するとしてもそれを全部許してくれる人か」
 なかなかいないでしょうけど。
「でも、案外やってみて子供ができたら全然変わるってパターンもあるぜ。ほら、覚えてないかサッカー部の井上(いのうえ)。井上宏大(こうだい)」
「あぁ! 井上くん!」
「結婚したのは知ってるか? 大学のときの同級生らしいが」
「したっていう話は聞いた」
「もう子供がいるんだ。えーと、四歳ぐらいになるのかな? 女の子でさ。もう溺愛しちゃって今から将来が心配だって話」
 あの井上くんが。サッカー部のスーパースターで、ハンサムで女の子にモテモテで、しかもいろんな子に手を付けては別れるなんてことをやっていた女の敵(かたき)だったのに。
「じゃあ、子育てなんかも」
「ちゃんとやってるってさ。奥さんが感激してるぐらいに、何もかもやってくれるんだってさ」
 それは確かに信じられないぐらいの変化だと思う。
「そういうことも、あるんだ」
「人は変われるというか、まぁある意味の成長か。大人になったってことじゃないのかね」
 充分年齢的には大人なんだけどね私たちは。
 でも、気持ちは、心は全然成長していないようにも思う。それこそ、高校生ぐらいの頃から、何ひとつ変わっていない感じ。
「三四郎の様子を見にきて、この後は?」
「帰るだけよ?」
 壁に掛かっている丸い時計を見た。
「三四郎は、今日はバッティングセンターでバイトが終わった後は〈バイト・クラブ〉に寄っていくそうだ。まだ時間があるから、晩飯でも一緒に食べて、その後に顔出してみないか?」
 顔出すって。
「そのカラオケ屋さんに?」
「そう、何だったらカラオケしていってもいいけどね」
 

 

小路幸也さんの小説連載「バイト・クラブ」一覧

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