晩年の牧野富太郎(提供:高知県立牧野植物園)

2023年4月3日より放映されたNHK朝ドラ『らんまん』も好評のうちに最終回を迎えました。そこで『らんまん』に関する記事の中で、あらためて読み直したい「編集部セレクション」を紹介します。

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NHK連続テレビ小説『らんまん』の主人公・槙野万太郎のモデルとなった牧野富太郎。日本植物学の父と言われる牧野が綴ったエッセイでは、彼ならではの文章で植物の魅力を引き出しています。天然物である植物に興味を持つことは、心を清らかにすることに通じるとのことで――。

わが国は植物の種類に富んだ国

夏草の時節となった。野も山も見渡す限り緑の被布に覆われた。植物に趣味を持つ人々にとってはじつに無上の楽園が眼の前に開展されたのである。わが国は植物の種類に富んだ国である。

英国でも仏国でもドイツでもこの点はとてもわが国にはおよばぬ。たとえばすげの一属でも、わが国のものはじつに三百種以上を算える。またすみれの種類でもわが国には六、七十種くらいもある。そんな国はほかにはどこにもない。

すげでもすみれでもわが国はじつに世界の一等国である。その他世界にない珍しき草木がわが国に産する。すなわちわが日本の特産として他国に誇るに足る品種は、決して少なくないのである。

なぜに世人は、いま少しく深く植物に趣味を持たないのであろうか。このように豊富なる草木の間に住んでいる人間が、その周辺を取り巻く植物に趣味を持つならば、その一生を通じてどのくらい幸福であるかじつにはかり知られぬほどである。