国際ではなく民際

「いいんですか? ありがとうございます!!」

と英語で言うと、お父さんは照れたように顔の前で手を振り、息子と一緒に自分たちの陣地に戻って行った。

「あそこのジェントルマンが、柔らかい椅子を持ってきてくださったよ」

 硬い椅子を抱えて戻って来た息子にそう話すと、息子も

「おお、素晴らしい! ありがとうございます」

と、横になって寝る姿勢に入ろうとしているお父さんのほうに大きな声で言った。お父さんはいよいよ恥ずかしそうにして、顔を上げずに片手の親指だけ突き上げていた。

民際(みんさい)。という言葉を思い出した。国際ではなく、民際。国と国とのつきあいではなく、民と民とのつきあいのことだ。日本を出るとき、福島第一原発の処理水の放出をめぐる中国からの反発のニュースがさかんに報道されていたので、この言葉が脳裏にくっきりと蘇った。

「ジェントルマン」「ジェントルマン」と子どもたちにからかわれているお父さんが、頭をもたげて「早よ寝ろ」みたいなことを言っていた。わたしには中国語はわからないが、そういうことを言っているように、確かに聞こえたのである。