そうか。
 俺は父親の顔も知らないんだけど、塚原先生は知っていたのか。
 ってことは、塚原先生、母さんが俺の父親と知り合った頃のことを知っているんじゃないのか。
 計算上は、そうなるよな。母さんが俺を産んだのは十九歳のときなんだから。
 つまり、母さんと父親は、もう母さんが高校生のときに出会っていておかしくないんだし、そのときには塚原先生も母さんのことを知っていたんだから。
 そうなるのか。
 この雰囲気なら、俺の親父がヤクザだってことも知ってるよなきっと。
「夏夫くんは、ここでアルバイトしていたのね」
「そうなんですよ。もうずっとです」
 そうだったのか、って感じで塚原先生はまた周りを見回した。全然豪華じゃないしむしろ庶民的なビルだけど、使いやすくて親しみやすいカラオケルーム。
 全然儲(もう)かりはしないけれど、いいところだと思うんだよな。俺たちが〈バイト・クラブ〉ってここの七号室でのんびりまったりできるのも、ビル全体の雰囲気がいいからなんだよ。
 けっこう、貴重な存在だと思う。こういうカラオケのビルも。
「志織さん、まだお仕事は保険の?」
「そうです。保険のおばちゃんやってます」
「家も替わっていないのかしら。私が知っているのは、本郷町(ほんごうちょう)の〈ミサキアパート〉だったんだけど」
「そこです」
 二階の一号室。全然、俺が生まれたときから替わってない。家賃の安いボロアパートだけど、けっこう気に入ってるんだ。一階は車庫になっていて、二階の住人専用。
 だから、部屋の下はうちの専用車庫になっていて、変わってるけど部屋から車庫に降りていけるんだ。
 冬はちょっと寒いのが難点だけどさ。今は母さんの車が入っているけど、そのうちに自分で車を買って、そこに置きたいんだよな。
 自分だけのガレージがあるって、けっこう貴重。悟(さとる)なんかうらやましがっていて、うちの隣りの部屋が空いたら入居できないかなって真剣に言ってる。