「母さんが三年生のとき、塚原先生は一年生だったってさ。それで、俺が赤ちゃんのときにも会ってるって」
 会ってる。
「え、じゃあ、ひょっとしたら夏夫くんのお父さんのことも」
「知ってるって言ってた。なんか言い難そうにしてたから、ヤクザだってことも知ってたんだろうな。そのときから」
 そうなのか。
 そんな偶然が。あの塚原先生が、夏夫くんのことを。
「母さん、俺を産んだのは十九歳のときなんだよ。だから、高校生の頃にはもう親父と知り合っていたはずなんだ。たぶんだけどさ」
 十九歳で産んだ。
 ざっくりだけど、十八歳の高校生のときに。計算上は、それでもおかしくはないのか。ないんだねきっと。
「思わず訊いちゃいそうになったけどな。親父とどうして知り合ったのか知ってますか、って。なんで止めてくれなかったんですか、なんて思ってしまったけどさ」
「そう、か」
 高校生の女子が。
 つまり、僕の同級生がヤクザな人と付き合い出すなんてことが。
「そういうことがあったんだね」
「たぶんだけどさ。や、全然ただの高校時代の知り合いで、詳しいことなんか知らないかも知れないけどさ」
 それも、あり得るけれど。
「塚原先生が、お父さんのことを知ってるって、自分で言ったんだよね?」
「俺が訊いたんだけどね。知ってますかって。そしたら、なんか言い難そうにはしてたけど、知ってるって」
「じゃあ、きっと塚原先生は、いろいろ知ってるんじゃないかな」
「そうなのか?」
 だと思う。
 あの人は、きちんとしている人だ。自分の言葉には責任を持つ人。あやふやなことは言わないし、しない。
「訊いてみようか?」
「何を?」
「お母さんとお父さんのことを、塚原先生に。高校生のときに何があったのか、知っていたら教えてくださいって」
 夏夫くんが、びっくりした顔をする。
「訊けるのか? そんなふうに」
「訊けるよ。大丈夫」
 全然平気そうだ。
「なんかいろいろある関係なんだろうけど、それは訊かない方がいいって前に言ってたな」
「そうだね」
 それは、本当に誰にも言えない。
「でも、別に変な関係じゃないよ。ただ単に、生徒と先生じゃなくて、お互いに信用し合うような関係性になっているってだけ」
「そうか。いや別に俺もさ、そんなこと今更聞いてもどうにもなるもんじゃないんだけどさ。どうしてヤクザなんかと一緒になっちまったのかなって。母さん、なんていうか、弱い人じゃないのにさ」
「うん」
 確かに、今もうこうして夏夫くんは、早く一人で生きていけるように頑張っているんだし、今更確かめてもどうしようもないことなんだろうけど。
「でも、確かめたからまた進めるってことはあるよね」
 僕もそうだ。