父さんの会社が倒産したってときに、詳しい話をきちんと聞けた。聞いたからって何も状況は変わらないんだけど、少なくとも納得して、学校に通ったりバイトを始めたりすることはできた。
「だから、訊くべきだと思うよ。お母さんは何も話してくれないんだよね?」
「まったくな」
 話せないのか。自分の子供に話せるようなものじゃないのかな。
 弱い人じゃない、か。
 母親って、皆強いものだと思うんだけど、母親になる前はやっぱり弱い人と強い人がいるものなんだろうかって思う。
「明日、塚原先生に訊いてみるよ」
「学校で?」
「少し話したいことがあるけど、時間取れますかって。大抵は大丈夫だから」
 どこの学校にも似たようなのがあると思うけど、相談室っていうのがあって、そこは予約しておけば、いつでも先生と生徒が内緒で話すことができる。
「昼休みとか、休み時間とか、放課後バイトに行く前にちょっと話せるから」
 たぶんないけど、相談室の予約が一杯だったら、塚原先生にバッティングセンターに来てもらってもいい。今日も突然来てびっくりしたから。
 それで、よくわかんないけど、バッティングやってみたら好きになっちゃったからまた来るわって言ってたし。
 あそこなら、受付は僕一人で、何もしていないときにはずっと話していられる。他に誰も聞いていないから平気だ。

      *

「バッティンググローブってあるじゃない?」
 塚原先生が入口から入ってきて、まっすぐに受付に来て言った。
「ありますね」
「あれって、やっぱりスポーツ用品店に行けば売ってるもの?」
「売ってますよ」
 ここにも、あります。売り物じゃなくて、中古のレンタルですけれど。
 一応きれいにして干したりはしていますけれど、やっぱり革製品なので水洗いはできなくて多少匂いがついているので、使った後はきれいに手を洗うことをお勧めしています。
「え、買うんですか?」
 にっこり笑う。塚原先生、笑うとやっぱり眼が釣り上がって、ますます猫っぽくなるんだ。
「なんか、気に入っちゃって。でも手のひらが痛くなるから、バッティンググローブするといいかなって」
 まぁ元々テニスをしていたっていうから、スポーツウーマンではあるんだよね。塚原先生は。
「今日も打っていきます?」
「そうしようかなって」
「じゃあ、僕の使っていないバッティンググローブ、新品のがありますからあげますよ。僕はもう使わないので」
「いいの?」
 いいです。
 僕はそんなに手が大きくないので、たぶん大丈夫ですから。色も白だから、女性がつけてもおかしくないです。