先生が、ちょっと周りを見た。
「あ、どうぞ受付の中へ。椅子があります。コーヒーやジュースも飲めますから」
 そこに座ると、椅子が低いから外からは見えなくなる。先生が、すぐ脇のドアから入ってきて、ちょこんと座った。
「志織さん。とてもきれいな人なのよ。高校時代からそうだった。夏夫くんを見ればわかるでしょう。整った顔をしているでしょう?」
「そうですね」
「母親似よ、夏夫くん。涼しい目元とか、きれいな顔形とか。志織さんね、伯父(おじ)さんの家が喫茶店をやっていたの」
 喫茶店。
「今はもうないわ。後継ぎがいなくて閉めちゃったみたい。小さなお店だったんだけどね。志織さんの家の近くにあって、高校生のときは、お休みの日とかお手伝いに行っていたのよ。それこそアルバイト感覚で。本人も、そういうのが好きだったのね。お店に立って、客商売をするのが」
 そういう人か。
「小さい頃からきれいな人だったから、そこの喫茶店の看板娘みたいになっていたようね。長坂康二(ながさかこうじ)はね。それが名前よ。夏夫くんの生物学上の父親。当時はまだ幹部だったわ」
 ながさかこうじ。
「単に、お客さんだったの。そのお店の」
 お客さんと、看板娘。
「何を気に入っていたのか、長坂さんはよく店に通ってきていた。でもね、別に擁護するわけじゃないけど、長坂さんはそういう人じゃないのよ。ヤクザだってことを隠してもいなかったけど、乱暴な人でもなかった。素人に、堅気の人にどうこうするような人でもなかった」
 先生も、その人をよく知っていたんだ。
「はっきり言って、志織さんの一目惚れみたいなものよ」