「一目惚れ、ですか」
「惚れちゃったのよ。長坂さんに。当時あの人は三十半ば、今の私ぐらいの年齢だったんじゃないかな」
「けっこう離れていたんですね」
 そうね、って頷いた。
「そういうふうに言うのはなんだけど、アプローチしたのは志織さんの方。長坂さんは、無視していたのよ」
「無視、ですか」
「ガキが何を言ってるんだって。ヤクザに惚れるなんてバカの骨頂だって。それで、店に顔を出すこともやめたぐらい」
 そうなのか。
「でも、結局はそうなってしまったんですね」
 先生が、ため息をついた。
「そうなってしまったのね。家を出て、長坂さんの家にまで押しかけるようなことまでしたのよあの人」
「その長坂さんには、奥さんとかいなかったんですか」
「いたわよ」
 いたんだ。
「ただまぁ、それも内縁みたいな感じだったんじゃないかな。結局内縁が増えたみたいになった。そして夏夫くんが生まれてしまった」
 そんな感じだったのか。
「志織さんのために言うなら、運命の恋、ね」
「運命の恋」
「抗えない、強い思い。ダメだとわかっていても、そこに向かっていってしまう。あの人は、そういう恋をしてしまったの。ただ、それだけ」
 抗えない、強い思い。
 わからないけれど。
「あの、先生」
「うん」
「そこまで詳しいってことは、先生と志織さんは」
「親しかった、友人よ。先輩後輩ではあるけれども。あの人が、長坂さんに惚れてしまったのを、最初から最後まで見ていたのは、たぶん私だけ」

 

小路幸也さんの小説連載「バイト・クラブ」一覧

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