「医療の現場で感じたことが自分のなかで膨らみ、答えが出ないまま物語の形をとって昇華しようとしているのではないか。今ではそのように自己分析しています」(撮影:本社・武田裕介)
サンショウウオの四十九日』で第171回芥川賞を受賞した朝比奈秋さん。消化器内科医の顔も持ち、現在は非常勤として週に1回、働きながら執筆を続けている。デビューから3年。何かにとりつかれたように、続々と小説を発表する彼の胸の内は(構成:山田真理 撮影:本社・武田裕介)

前編よりつづく

受賞ラッシュに父は「そろそろか」と

僕が突然小説を書き始めたことに家族は、「また変なこと始めたなあ。でもまあ、いい趣味が見つかってよかったんちゃう?」という程度の反応でした。

初めての単行本が出たときも、「医者は辞めずに続けたほうがいいやろ」と言うくらいで、プロになるなんて誰も想像していなかったと思います。

風向きが変わったのは、昨年『植物少女』で三島由紀夫賞の候補になったあたりです。「あれ? もしかしてうちの子の小説は意外といけてるのか」と目の色が変わってきた(笑)。特に父は根拠のない妙な自信を持っていて、「絶対お前が受賞するで」とか言うんです。僕の小説も含め、候補作を一冊も読んでいないんですが。(笑)

運よく受賞作に選んでいただけたものだから、父のなかでますます評価が上がりました。同じ年に、『あなたの燃える左手で』が泉鏡花文学賞と野間文芸新人賞を受賞したときは、大喜びというよりは当然といった感じで、「芥川賞もそろそろか」などと言ってました。

こちらとしては、そんな甘い世界とちゃうねんけど、と(笑)。でも、変に文学に詳しくてあれこれ口を出されることもなく、単純に「賞を獲った、獲らない」を楽しんでくれているので、気が楽です。