イメージ(写真提供:Photo AC)
高齢者が高齢者の親を介護する、いわゆる「老老介護」が今後ますます増えていくことが予想されます。子育てと違い、いつ終わるかわからず、看る側の気力・体力も衰えていくなかでの介護は、共倒れの可能性も。自らも前期高齢者である作家・森久美子さんが、現在直面している、96歳の父親の変化と介護の戸惑いについて、赤裸々につづるエッセイです。

前回〈95歳認知症の父が、老人ホームの生活で元気を取り戻した。だが、5歳下の後輩の訃報を聞き、泣きながら名簿に×を書き込んだ〉はこちら

元気で96歳を迎えた父

2024年を元気に迎えた父だったが1月末に、会社員時代に親しくしていた、5歳下の後輩の訃報を聞いてから、しばらくしょんぼりしていた。

励ましのつもりで私は父に声をかけた。

「Aさんはいつも電話をくれて、いい話し相手だったよね」

私の言葉は、逆に父に寂しい思いをさせたようだ。父は切なそうにつぶやいた。

「まだ若かったのに……かわいそうに」

「パパ、Aさんは91歳までお元気で、ついこの間まで張りのある声で電話をくれていたよね。かわいそうじゃなくて、大往生って思ってあげたほうがいいんじゃない?」

「そうか、大往生か…‥」

長生きすると見送る人が多くなるのは仕方がないことだ。しかし、歳を取っているからこそ身に堪えるのかもしれない。少し突き放して父を激励しようとする気持ちと同時に、悲しみに寄り添ってあげたい思いが、私の心に波のように寄せては返す。

寄り添いの効果か、あるいは時間が悲しみを忘れさせてくれたのか、雪が解けて春が訪れる頃には、父は持ち前の明るさを取り戻していた。

入居している老人ホームの空調が良く、父は家に居た時のような気温の変化による体調不良が起きなくなった。冬は暖かく、夏は適度に涼しくて、何年も悩みの種だった熱中症の兆候もないまま、2024年7月下旬に父は96歳の誕生日を迎えた。

父の好きな菓子店「六花亭」の喫茶室は、誕生日に来店したお客さんが身分証明書を出して誕生日であることをを申告すると、好きなケーキをひとつプレゼントしてくれる。六花亭は札幌市内にいくつかの店舗があり、今年父を連れて行ったところでは、店員さんがバースデーソングを歌ってくれた。

96歳誕生日祝いのケーキ
お誕生日に出してもらったケーキを前に嬉しそうな父(写真提供◎森さん)

歌声が響く中、ロウソクの立ったケーキが運ばれてくると父ははにかんだ笑顔になって、店員さんたちに向かって深々と頭を下げた。

「びっくりした。ありがとうございます」

その様子を見ていた見ず知らずのお客さんたちが一斉に拍手をしてくれて、幸せな誕生日となった。