2023年11月24日に永眠された、作家・伊集院静さん。『機関車先生』『受け月』など数々の名小説を残し、『ギンギラギンにさりげなく』『愚か者』を手掛けるなど作詞家としても活躍したほか、大人としての生き方を指南する連載エッセイ「大人の流儀」シリーズでも人気を博しました。今回は、そのシリーズ最終巻『またどこかで 大人の流儀12』から、伊集院さんのメッセージを一部お届けします。
淋しい思いをさせた
夕刻、東京の常宿の部屋に戻ると、花が届いていた。
花はガーベラとカーネーションで“父の日”であることがわかった。下の娘からの花だ。
娘から花をもらったのは初めてのことだ。
その花を仕事場の窓辺に置いて、しばし眺めていた。
――父らしいことは何ひとつしてないのに……、有難いことである、と思った。
上の娘は結婚していて3人の男児がそれぞれ腕白盛りらしく、たまに逢うこともあるが、それとて数年に一度である。下の娘はまだ独身で、幼児教育の塾のような学校の事務員をしていたが、今はもしかして先生の役割もしているかもしれない。
花を見つめているうちに、自分は父にそんなことを一度もしなかったナと思った。それは“父の日”という習慣が日本にまだなかったからというのが理由で、やはり感謝の気持ちを一度として言わぬまま、父がこの世を去ったことを思った。これも当時の父子の習慣であったし、淋しい思いをさせた、と悔んだ。
そういう時代ではなかったのだ、と言ってしまえばそれだけのことだが、やはり父は淋しく世を去ったのではと考えた。
父は花などに興味はなかったようにも思えるが、それはやはり違う気がした。
断っておくが、感傷的な話を書いているのではない。正直、そう感じたのだ。