2016年に逝去された登山家・田部井淳子さんは、女性初のエベレスト登頂を成し遂げたことで知られています。今回は、田部井さんがこれまでの出来事をエッセイとして書きまとめた著書で、2025年10月公開予定の映画「てっぺんの向こうにあなたがいる」の原案本ともなった『人生、山あり“時々”谷あり』から一部を抜粋し、再編集してお届けします。
どこに行くにもふたり一緒
抗がん剤治療中、夫の政伸にはずいぶん助けられました。副作用の倦怠感や手足の痺れに苦しむ私の代わりに、料理や掃除、洗濯などすべての家事をこなしてくれたのです。
これ幸いと、私は“口先女”に大変身。座ったまま「これやって」「あれ持ってきて」と指示していたら、「一つ終わってから言ってくれない?」と言われてしまいました。
今は、ふたりで一緒に出かけることが多くなり、夫婦の会話は以前よりもずっと増えています。
かといって、特に、内容の濃い会話を交わすわけではありません。話すことといえば、出汁の取り方や野菜の切り方など、細々としたことばかり。