朝食の食パンから高級ベーカリーのこだわりパンまで、パンは私たちの日常に欠かせない存在ですが、その世界を深堀りしてみると、さらなる魅力が発見できるかもしれません。今回は、共に大のパン好きであるというNPO法人新麦コレクション理事長・池田浩明さんと編集者・瑞穂日和さんの著書『パンビジネス』から一部を抜粋し、再編集してお届けします。池田さんによると、日本のパン業界では盛んなイノベーション合戦が繰り広げられているそうで――。
フレンチの鉄人たちが絶賛した長時間発酵バゲット
1997年、シニフィアン シニフィエの志賀勝栄シェフ(当時アルトファゴス)が発表した長時間発酵バゲットは、衝撃を与えました。
当時の人気番組『料理の鉄人』に出演していたフレンチの鉄人たちが「修業時代にフランスで食べていたバゲットだ」と絶賛したのです(当時はフランスと日本のパンレベルは天地の差があると思われていたので褒め言葉です)。
その頃、業界では「3時間発酵ストレート法」が聖典のごとく遵守されていました。志賀さんは、3時間をはるかに超え、8時間、10時間と発酵時間を伸ばしたのです。前日に仕込んで生地を置いて帰れば、翌日は発酵の終わった段階からはじめられます。
オーバーナイトと呼ばれるこの製法は、パン職人を早起きからも解放するものでした。イーストの量は少なくしてゆっくり発酵を進め、その間、小麦由来の糖分やアミノ酸をたっぷり作りだすため、味は驚くほど濃厚になります。