「夜、眠れない時は、『源氏物語』全54帖のタイトルを、桐壺、帚木、空蝉……といった具合に、順に頭の中で追っていったりします」(撮影:木村直軌)
短編小説の名手として知られる作家の阿刀田高さん。妻を看取り、現在は都内でひとり暮らしをしています。閑静な住宅街にある自宅に伺い、日常を覗いてみると――(構成:篠藤ゆり 撮影:木村直軌)

前編よりつづく

寝つけなくても気にしない

そんなわけで無理せずマイペースで毎日過ごしていますが、時々、眠れない夜があります。昔から寝つきがいいほうではなかったので、40年ほど前、睡眠薬を試したこともありました。でも、ちょっと意識がおかしくなったような気がしたので、それから一切、睡眠薬のたぐいは飲んでいません。

不眠であることを意識しすぎて苦痛に感じること自体が、それを増長させる原因になると考えているので、眠れなくても気にしない。それに、どこかで睡眠は補っているんですよ。

ベッドでプロ野球の試合を見ていると、いつの間にかうとうとしていたり。相撲も「大の里、今日はどうかな」と期待していたはずが、気がつくと取組が終わっている。80代半ばを過ぎるとそういうことが増えました。

夜、眠れない時は、『源氏物語』全54帖のタイトルを、桐壺(きりつぼ)、帚木(ははきぎ)、空蝉(うつせみ)……といった具合に、順に頭の中で追っていったりします。そうこうしているうちに、そういえば金沢の素敵な旅館で『源氏物語』のタイトルを部屋の名前にしているところがあったなぁ、なんて思い出す。

その旅館には、篝火(かがりび)と末摘花(すえつむはな)という名前の部屋がありませんでした。篝火について案内の女性に聞いたら、字が難しくて読めない人もいるから、と。

末摘花は、想像するに、器量のよくない女性をちょっと揶揄しているようなところがあるからかな、とか……。そんなことをあれこれ考えるのも、楽しいですよ。