イヤなものはなるべく見ないようにし、何があっても、「人生はこんなもんだ」と思うようにする。「こんなはずじゃなかった」と考える人がいますが、そう思うような事柄も、「こんなはず」なんですよ。

何かの理由でそうなるし、思うようにいかないことが必ずあるのが世の常。こだわっても仕方ない。

そして、物事のいい面を見るようにする。人間関係においても、どんな人のことも「悪い人」とは思わないようにしているんです。いい人だなと思っていれば、その人は私に対しては、いい人を演じてくれます。(笑)

僕は「積善の家に余慶あり」という言葉を少し信じていて、普通にちゃんとした生活をしていれば、それなりの運が向いてくるものだなぁと思っています。実際、自分の一生を顧みて、運がよかったと思うんです。

歳を重ねれば、足は不自由になるし、病気にもなる。字もうまく書けないし、別れも増えます。でも、できるだけ物事のいい面を見るようにして、それができない時は、執着せずに「こんなもんさ」と思う。結局、それが、身軽に生きることに繋がるんじゃないでしょうか。

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