環境省によると、2025年度の全国のクマによる被害者数は、過去最大を上回ったそうです。そんな中で「野生のクマに3000回以上遭遇し、9回襲われたことがある」という日本ツキノワグマ研究所所長の米田一彦さんは「クマの知られざる素顔に触れてもらいたい」と語ります。そこで今回は米田さんの著書『家に帰ったらクマがいた』より一部を抜粋し、米田さんが見た「クマのありのままでほんとうの姿」をお届けします。
尻の毛が抜けている
1984年3月下旬のこと、私宛に、ある狩猟担当者から連絡があった。
「太平八田で、尻に毛がないクマが冬眠してるそうだ。見に行こう」
場所は県庁から車で30分ほどの郊外で、山に向かっていく筋も沢が入り組んでいた。田の畔を行くと、50メートルほど先の沢田の縁にクマが掘り開けた丸い空洞がある。暗い空間の中に黒く丸い塊がハマるようにちょうど塞がっていて「尻に毛がないだろう。なんでだろな」と先輩が首を傾げた。その後、ハンターが呼ばれて「ズドン」と駆除し、調査用に林業試験場に運んでいった。
あの毛なしの状態はどういう作用で生じたのだろうと思っていたが、次に見たのは2011年4月に広島県でのことだった。
例年より積雪が多い尾根筋を歩いていると、沢の流れに沿って歩いているクマの背中が見え、その尻は広範囲で毛が抜けていた。皮膚面には産毛があるようで、剛毛だけが抜けたように見える。どういう災難でこのクマの毛が抜けたのだろうか。クマ同士の闘争では、このような毛抜けになることはない。
クマは急な雪降りで慌てて簡単な穴に入ったが、尻のほうは穴に収まり切れず、寒気に晒されて凍傷になったのだろう。クマの皮下脂肪は厚くて凍傷も筋肉層にまでは至らず、その後2ヶ月ほどで、元のふさふさの尻毛に戻っている。
広島など西中国地域のクマは冬季に簡易な場所で越冬することが多いことから、尻の毛抜けにつながっているようだ。