同じ名前の人がいるのか?インスタグラムや商品が出現
5月にインターネットを見ていて驚いた。私は婦人公論.jpで原稿を掲載してもらうことしかしていないのに、「しろぼしマーサ」のインスタグラムとXができていた。しばらくすると「しろぼしマーサの商品」というのも出現。同じ名前の人がいるのだろうか?どんな人なのだろうか?と思った。
インスタグラムを見た段階で「しろぼしマーサ」とスマホで検索したら、AIの回答が出て、「しろぼしマーサは実在の人物ではない」という内容であった。それ以前は、婦人公論.jpのしろぼしマーサの紹介文をアレンジした内容が掲載されていたのに……。
ネットの世界に詳しくないうえに、自分に自信がない私は、「実在の人物ではない」にショックを受けた。「私は存在していないのだ」という不思議な感覚におそわれた。
そして、ひとり暮らしの欠点を思い知った。家族がいれば、「私は実在しているよね?」と簡単に確かめられるが、ひとりではどうやって確認したらよいのか分からない。
外で犬の吠える声がして、散歩をさせている人がいることを知った。「私は実在していますか?」と、その人に聞こうと思い、椅子から立ち上がった。
しかし、理性はわずかに残っていた。私が実在していたら、「変なババアだ!怖い~!」と、犬を引っ張って逃げるだろう。それは気の毒だ。私が実在せず、犬が吠えず、散歩させる人も無視して歩き去ったら、私が可哀そうだ。
その時、鏡を見れば良いのだと気がついた。30年も愛用している手鏡が嘘をつくはずがない。鏡を見ると、額にシワが増えた私がいた。存在を確認できて安心した。
さらに理性が働き、人情でしろぼしの原稿を読んでくれている高齢の友人たちに知らせることにした。「あなたの友人の私は、ネットでは連載以外はやっていないです」というメールを送った。
すると、「名前だけが人気ということね」、「ネットは得意じゃないから、ほかは見ない」、「『婦人公論』本誌の読者のノンフィクション原稿募集に『無実の叫び。私はやっていないもん』のタイトルで投稿しろ」などの返信がきた。
1週間後に、「しろぼしマーサって誰ですか?」とネットで質問したら、「実在の人物ではない」というのは消え、以前と同じような婦人公論.jpの紹介文をアレンジした内容になっていた。実在は認めてもらえたようで安堵した。
