見かけの過激な言動と裏腹にイデオロギーは「着脱可能」
幅広い読者がいる「ベストセラー小説家」の顔をもつ一方で、ネット上では排外的発言を繰り返す、百田尚樹という人物がいる。その言動は過激な発言をも容認する「普通の人々」によって熱烈に支持されてきた。この「現象」は一体何なのか。
その問いを掘り下げた著者による2019年5月の『ニューズウィーク日本版』の記事は大きな話題を呼んだ。本書は当該記事を大幅加筆した決定版である。
全体は二部構成だ。第一部ではまず、ポピュラリティーのある書き手としての「百田尚樹」の解剖が行われる。テレビの視聴者参加番組でその特異な才能を見出し、『探偵!ナイトスクープ』のチーフ構成作家として彼を引き上げたプロデューサーをはじめ、小説家としてのデビューや論壇への道を開いた編集者など、多くの関係者の声が集められている。百田氏自身からも、「政治は嫌い」との意外な発言が引き出されている。
これを受けての第二部で著者は、復古的な価値観をもつ「新しい歴史教科書をつくる会」が結成された1996年を「時代の転換点」として位置づける。こうした遡行を経て、著者は「百田尚樹現象」の〈新しさ〉が、見かけの過激な言動と裏腹にイデオロギーが「着脱可能」である、と喝破した批評家の加藤典洋の見解に同意する。
西尾幹二、小林よしのりといった、90年代に「つくる会」に関わった保守論客には、その主張を裏付ける個人的な情念や思想があったが、百田尚樹にそれはない、と著者は言う。その〈新しさ〉は彼を支持する「普通の人々」の特徴でもあるのだ。
本書の丹念な分析は、今後の世相を占ううえで、重要な土台となるだろう。
著◎石戸諭
小学館 1700円