現在放送中の、2026年度後期連続テレビ小説『ブラッサム』。石橋静河さん演じる主人公・葉野珠のモデルは、作家・宇野千代さんです。小説家として数々のベストセラーを生み出したほか、着物デザイナー、実業家、モデルとしても幅広く活躍した宇野さん。今回は、宇野さんが88歳から91歳のときに語り下ろされた言葉をまとめた『宇野千代 ちょっと自伝』より一部を抜粋してお届けします。
花形の作家・芥川龍之介
(車中で)今日は田端へ行くんですって。芥川(龍之介)さんの家があるの? そう……もちろん、もう残ってはいないわね。
あなた方の持ってきた“資料”に、わたしが芥川さんの家に通いつめていた時期があった、と書いてあるんですって。それは多分、わたしが藤村(忠<ただす>、1919年結婚)と一緒に小石川(髪結さんの2階)に住んでいた頃じゃないでしょうか。
藤村が本郷の帝大に行っていて、わたしは事務員をしたり、燕楽軒に勤めたりしていた時代。そうですか、大正6年頃になりますか……。
その燕楽軒のそばに中央公論社があって、瀧田樗陰(ちょいん)(同社主幹)がよく来たのよ。作家も来た。わたしが今東光と知り合ったのもその店。芥川さんとも、恐らくそこで知り合ったんでしょう。文学少女だったからねぇ、憧れて、憧れて、家へ訪ねて行ったんだと思いますよ。
いいえ、飛んでもない。「つき合う」というようなことじゃないのよ。芥川さんはもうその頃、花形の作家で、雲の上の人……。
何年も経って、わたしが作家になってからも、おつき合いはありませんでした。どこかの会合で顔を合わせるということもなかったわ。