60歳を過ぎた木綿子は父の介護と引きこもりの娘の世話に日々追われている。不幸ではないが、いろんなものを諦めてきた人生だった。けれど、ひょんなことから知り合った2歳年下の男と出逢う。二人は互いに惹かれていくが……。遠田潤子さんが描く、静謐で過激な大人の恋愛小説。ぜひお楽しみください。

 

 

 万博の日はよく晴れて暑いくらいだった。

 東ゲートに着くと、入場待ちの人が大勢並んでいた。手荷物検査があるので時間がかかるらしい。

 驚いたのは日傘を差している人が多いこと。女性だけでなく男性もだ。入場待機エリアでは日傘の無料貸し出しもある。熱中症対策にはかなり気を遣っているようだ。

 木綿子はあたりを見回し、困惑したような様子だ。

 どうかしたのか、と訊ねようとしたとき列が動いた。だが、すぐに止まった。また少しだけ動く。その繰り返しだった。

 手荷物検査はほぼ空港と同じだった。水筒、ペットボトルのチェック、X線での手荷物検査、金属探知ゲートをクリアし、スマホで予約QRコードをチェックして入場だ。三十分ほど掛けてようやく中に入ると、まずは前方に見える大屋根リングを目指した。

 リングに一歩足を踏み入れた途端、剣人たちが大騒ぎしていた理由がわかった。巨大な木造建築物に俺は一瞬で圧倒された。実物はニュース映像で観た印象とはまるで違う。自分がその下に立ってはじめてわかるスケール感だ。

「凄いな……」

 はるか頭上の木組みを仰ぐと思わず声が出た。俺は古い蔵で働いている。いつもひんやりと薄暗く、見上げれば頭の上には太い梁があった。檻のように閉ざされてはいるが、いつでも逃げ込めるねぐらのようで安心感がある。だが、大屋根リングの下はそれとは正反対だ。高く、明るく、開かれていて風が通っていく。万博のために組み合わされた真新しい木がゆるやかに弧を描き、ずっと先まで続いているのだ。

「想像以上に大きいですね」

 木綿子が感嘆してスマホで写真を撮っている。

「これほどまでとは思わなかった」

 ひとしきり大屋根リングの写真を撮って、パビリオンに向かった。

 俺たちはアメリカ館とフランス館に入った。アメリカ館は一時間並んで入り、七十年の大阪万博で展示された月の石を見た。フランス館は十五分で入れた。ヴィトンのバッグとディオールのドレスの展示が圧巻だった。

 白いドレスを見ながらふっと思った。お互いもういい歳なので結婚式などは挙げないつもりだが、もしかしたら木綿子の本音は別だったりするのか。ウェディングドレスに憧れがあったりするのだろうか。

 最初の結婚では結納、結婚式、披露宴、新婚旅行と人並みのことをした。それは美雨の両親の希望によるものだった。長男を喪い、たった一人残った娘にできるだけのことをしてやりたい、と頼まれたからだ。

 だが、金を掛けた結婚も長くは続かなかった。別れて以来、俺も美雨も再婚はせず独り身のままだった。お互い、二度と結婚することはないと思っていたのに。