「私、写真を撮ってもらうのは何年ぶりかな。自分でも憶えてないくらいです」

「そんなに?」

「ええ。最後に写真を撮ったのがいつか、全然思い出せない。子供の頃に麻子の写真を撮ったことはあるけど、でも、私は写ってなくて」

 俺は自分のことを思い出した。剣人が住み込むようになり、瀬良と結婚し、優人が生まれた。その節目節目にみなで写真を撮った。特に、優人が生まれてからは俺も写真が増えた。赤ん坊の優人を抱いているところ、クリスマス、誕生日、保育園入園など、記念の写真が山ほどある。

「じゃあ、今からたくさん撮ろう。今度はパビリオンを背景に」

「いえ、もう……」

「いいから撮ろう。俺が撮りたいんだ」

 俺たちはリングの最上段を歩きながら写真を撮った。一体、何度「チーズ」と言っただろう。

「霧さん。どうして『チーズ』って言うたびにおかしな顔をするんですか?」

 バレていたらしい。正直に言うことにした。

「今の若いやつは『チーズ』なんて言わないんだ。昔、俺が剣人たちの写真を撮ろうとして『チーズ』って言ったら昭和っぽいって笑われた」

「え? じゃあ、今はなんて言うんですか?」

「3、2、1、だと」

「それだけ?」

「それだけらしい。俺としては結構ショックで。でも、木綿子さんが当たり前に『チーズ』って言ったから、ここに仲間がいる、って嬉しくなった」

「そんなの当たり前ですよ。私はいつだって霧さんの仲間です」

 一瞬、胸が詰まった。俺はなんでもないふりをして、また空を見上げて誤魔化し、歩き続けた。

 海の上を白い鳥が飛んでいるのが見えた。木綿子が指さして言う。

「あれ、まさか白鳥じゃないですよね」

「うーん、よくわからんがカモメかウミネコかな」

「とても綺麗」

 木綿子が感極まったふうに息を吐いた。鳥を見つめたままじっと眼を離さない。

 俺はぼんやりと遠くの白い鳥を見ていた。果たして今、あの鳥は自由なのか。それとも孤独なのか。そして、俺はあの鳥を羨むべきなのか。それとも哀れむべきなのか。

 鳥から眼を逸らそうとしたとき、ふっと気付いた。どちらか選ぶ必要などないのではないか。すべてを抱えて飛ぶことだってできるのではないか。この女と一緒なら。

「……白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ、っていう歌が教科書に載ってたんだ。授業でやって……しばらく俺はからかわれたな」

 すると、木綿子の顔がぱっと輝いた。

「私、霧さんと知り合ったとき、すぐにこの歌を思い出しました。霧さんのイメージなんです」

「ヤマトタケルだったり若山牧水だったり、いろいろ忙しいな」

 木綿子の少女趣味に内心苦笑しながらも、俺は自分でも驚くほどに喜びを感じていた。この喜びは優人と遊んでいるときと似ている。ひどく原始的で無作為な感情だ。

 俺は空の彼方の鳥を見つめた。この女が言うのなら、白鳥になって漂ってみるのもいいかもしれない。

「……そうだな、今、思いついた。俺が死んだら鳥になって君のもとへ飛んでいくよ」

「待ってます。約束ですよ」

「ああ、約束する」

 青空の下で死の話をする。でも、それはすこしも不吉なことではなく、まるで新婚旅行の予約でもしたような気がした。

 白い鳥を背景に入れて二人で自撮りをした。何度か失敗したが、なんとか二人のずっと奥に、小さな白い点ほどの鳥と一緒に写ることに成功した。俺たちはスマホをのぞき込んで笑った。