
雨彦は病室でコーチになるための勉強をはじめた。コーチ資格は一級から四級まであって、雨彦が前向きに頑張る姿に俺は安堵した。
新しいペア捜しは難航した。あまりにも「霧雨コンビ」の息が合っていたため、みなが尻込みしたからだ。だが、俺は諦めなかった。雨彦に心配を掛けたくなかったからだ。あいつの考えていることは手に取るようにわかる。もし、俺が新しいペアを組まないなら、きっと雨彦は自分を責める。俺にできることはこれまで通りに振る舞うことだけだ。
ようやく新しいペアが決まったとき、雨彦は本当に喜んでくれた。雨彦はとりあえず補助コーチとして大学に残ることが決まり、二人とも再出発することができた。
雨彦のマンションでちょっとした祝賀会をした。ビールとピザという学生のような祝いだった。
「なあ、久しぶりに俺たちの試合のビデオ観ないか?」
どきりとした。さすがにすぐにうんとは言えず、口ごもっていた。ちらりと美雨を見たがやはり困った顔だ。
「バーカ。なに泣きそうな顔してんだよ。研究、研究。俺はおまえらを世界に連れてくコーチになるんだから」
そうだ。これからまたはじめるんだ。雨彦が前を向いている。俺も同じ方向を見るんだ。
「言うことがちっさいな。コーチで終わりじゃないだろ? おまえは日本代表監督になるんだろ?」
「そうだ」
雨彦がにっと笑った。
「かんぱーい」
すかさず美雨が盛り上げ、俺たち三人はビールを飲み干した。
中学総体、インターハイ、全日本。俺たちは懐かしい試合を観て、笑ったり、お互いのプレイに突っ込んだりした。
美雨は嬉しくてたまらないのかはしゃいでいたが、早々に酔い潰れ、自室に戻って寝てしまった。俺たちは二人で飲み続け、リビングでいつの間にか寝てしまった。
明け方、眼を覚ますと雨彦の姿がなかった。杖はリビングの床に転がっている。ベランダの窓が開いていた。
一瞬で酔いが醒めた。俺はベランダに出て恐る恐る見下ろした。
駐車場のアスファルトの上に捻(ねじ)れた人影が転がっていた。
救急車を呼び、エレベーターを待つ時間すら惜しく、階段を駆け下りた。ちょうど白々と夜が明けていくところだ。触れると、雨彦の身体にはまだ温かみがあった。俺は十年一緒に過ごした相手の割れた頭を見ていた。やがて救急車が来た。
