「八郎」という役に自らもハマって
『スカーレット』では、戸田恵梨香さん演じる主人公・喜美子の夫で、陶芸家の十代田八郎役をやらせていただきました。ありがたいことに八郎にハマってくださる人が増え、SNSで「八郎沼」という言葉が生まれたとも聞いて。番組の影響の大きさを肌で感じました。
朝ドラに出演することは僕にとって、特別な思いがありました。過去3回オーディションに落ちていて、そのたびに、自分が落ちた番組を観ては、「もしこの役を僕が演じていたら」と、悔しい思いをみしめていたからです。
朝ドラは半年以上もの期間をかけて役を全うできる、数少ない作品。若い時から老年までを演じられることも多く、お芝居をやる者にとっては、最高の喜びがあると思っています。もちろん、単純にたくさんの人が観てくださる番組だから出たいという思いもありました。芝居を始めてからはずっと憧れていて……。夢が叶いました。
ドラマの舞台は滋賀県でしたので、台詞は関西のイントネーションです。生まれも育ちも東京の僕は、関西弁の会話を何度も聞いて、それを体に浸透させていきました。撮影中は、標準語を話すのがなんだかむずがゆくて、関西弁の人がいたらすぐうつってしまうくらい。それほど役が自分に染みついていたのだと思います。
演じていくうち、八郎は僕にとって実在の人物と同じ存在感を持ち始め、自分のことのようにドラマの中の彼の行く末が心配になりました。慎重で現実主義者であり、芸術家という印象よりは普通の人間。台本を読みながら、「八郎の、この考え方わかるなあ」と共感できる部分もありました。
一方で彼は、何かを壊して前に進むということができなかった人。そこに関して僕は真逆で、モノ作りは壊しながら進んでいくと思っていますから、台本を読みながら「八郎さん、そんなに自分を追い詰めなくても」と切なくなったり……。
クランクアップの1週間ぐらい前から終わってしまうのが悲しくて、その日のことを考えないようにはしていたのです。でも当日は、達成感と最後まで演じられたことの嬉しさ、出演者やスタッフへの感謝の気持ちがこみ上げてきて、あいさつをしながら、涙がこぼれていました。
今では、街で声をかけられる時は、ほぼ「八郎さん」(笑)。八郎という名前はインパクトがあって覚えやすいし、特に大阪の年配の方は、会うと気軽に「頑張れや」と声をかけ、ボディタッチをしてくださるんですが、力強いのでかなり痛い。(笑)
大阪は面白い街でした。撮影中にカフェに飲み物を買いに行き、「Mサイズください」とオーダーしたら、Lサイズが出てきた。「あの、僕、Mサイズとお願いしました」と言うと、お店の人が「ああ、ええんよ、八郎さんやから」と。八郎やっててよかったなと思いました。かと思うと、タクシーに乗ったら女性ドライバーさんに「喜美ちゃんにあんな言い方したらあかんわ」と注意されたり。(笑)
僕のリラックス法の一つはお風呂ですが、先日東京でサウナに行くと、中年の男性と二人きりに。でも僕に気づいていないようだったので、腑抜けたひどい顔でいたら、その方が出る時に「朝ドラ観てました~」と一言。バレてたんですね。大阪の方との反応の違いを感じました。
多くの方に知っていただけた1年だったと思います。でも僕の考え方やお芝居への取り組み方は今まで通り。何も変わっていません。撮影が終わって、ぽっかり穴が開くかなと思っていましたが、半年経った今は寂しさよりも、自分がこの経験をもとに今後どう成長していけるかが楽しみです。