マッカーサーと昭和天皇(wikicommonsより・以下同)
もうすぐ年末。12月23日が祝日ではなくなったことに、まだ戸惑われる方もいるだろう。平成の世では30年にわたり、「天皇誕生日」として祝われてきた。しかし実はこの日、日本の皇室に重い十字架が刻まれていたことをご存知だろうか。
その真相に迫っているのが『昭和23年冬の暗号』(猪瀬直樹著)である。謎解きは、副都知事時代の猪瀬直樹氏のもとへ届いた一通の手紙から始まった――。

謎めいた手紙と子爵夫人の日記

作家であり、当時、副都知事だった猪瀬氏のもとに、一通の手紙が届いた。亡くなった祖母の日記を入手したという39歳の女性からの手紙である。
とある子爵夫人によって綴られたこの日記は、終戦を間近に控えた昭和20年から始まり、昭和23年12月7日に終わっていた。
最後の一文は「ジミーの誕生日の件、心配です」。

いったいこの女性が何を心配していたのか。なぜ突如、ここで日記が終わっているのか。
手紙には、その謎を解き明かしてほしいと書かれていた。

さっそく猪瀬氏はこの日記を読み始める。
冒頭は昭和20年3月10日、東京大空襲のあった日だ。邸宅のあった世田谷から、下町が焼かれる火が見えた。
5月25日には再び空襲があり、今度は子爵邸の敷地にも焼夷弾が落とされた。服に燃え移った火を、地面にごろごろ転がって消火したという恐怖の一瞬が書かれている。

戦火を逃れ、母子は夫を東京に残し、軽井沢の別荘へ疎開する。
十二歳の息子に食べさせるため、夫人は食糧を求めて必死に奔走した。
戦争は庶民からも上流階級からも日常を奪う。誰もが非日常を生き抜いたのだ。
そして同年8月、日本は終戦を迎える。

東京大空襲の焼け跡