(イラスト:佐々木愛)
2022年1月現在、338疾病が指定難病となっています。 近年追加された疾病の中には、遺伝性の希少難病も多く含まれていたとのこと。また、2021年時点で、特定医療費(指定難病)受給者証所持者数は1,021,606人。児玉正江さん(仮名・島根県・薬剤師・64歳)は、子どもの頃から難病に指定されている皮膚病に悩み「死のう、死のう」と毎日思いながら過ごしていくうちに、いつの間にか幸せを感じる64歳になっていた。そこには私を優しく見守る家族の姿があったそうで――。

前編よりつづく

心のどこかで治らないと気づいていた

私の肌を見ると、慄く者がほとんどだ。私だって自分と同じ肌の人をはじめて見たら、似た反応をするに違いない。これまで同様の患者に会ったことはないが、ネットで調べると全国に200人程度いることがわかった。

最近は患者自らブログを綴ったり、親が動画を作成したりといった発信も増えていて、メディアで取り上げられることも。ただ私が子どものころはそのような機会はなく、患者は自分一人ぐらいのものだろうと思っていた。

厚い角質に覆われた皮膚は全身、それも頭皮にまで及ぶので、私は重い症状のほうだと思われる。異常な肌からは汗がまったく出ず、体温調節ができない。夏は15分屋外にいただけで熱中症を起こし、発熱した。近所の病院ではアトピー性皮膚炎のようなことを言われ通院していたが、かゆみもないし、このまま治らないことは心のどこかで気づいていた気がする。

それでも幼いころ、いつになったらよくなるのか母に尋ねたことがある。すると母は実をつけない庭の柿の木を指し、「あれが実をつけたら」と言った。中学生になると柿ははじめて実をつけたが、私の病気は治らなかった。

難病指定される前だったからか、県の大学病院から手紙をもらって、通院していたこともある。いま思えば、あれは研究対象として診てくれていたのかもしれない。私には視力障害と難聴があり、これは皮膚病の付随症状といわれている。小学校に入る前の健診で目と耳の異常が判明したが、私は普通学級に入ることとなった。