その生きものが輝くとき神が身体に宿るのだ
小川洋子さんが綴る物語は美しい。小説も随筆も、ざわついた心を落ち着かせてくれる。一言一言考え抜かれたであろう言葉に、忘れていた思い出が呼び覚まされる。
16篇の随筆で編まれた本書は、身体の一部分や切り取られた一瞬の動きを描く。それぞれに添えられた1枚の写真が、その物語が本当にあったことを裏付けてくれる。
私は60代の小川さんと同年代なので、本書に書かれている小川さんが見た風景や感じた空気、憧れた人たちをほぼ知っている。たとえ過去の輝かしい姿だとわかっていても、その時代に戻ってわくわくしてしまうのだ。
語られるのはプロ野球選手のイチロー、『レ・ミゼラブル』でジャン・バルジャンを演じた福井晶一、王将を奪取した時の羽生善治、バレリーナのウリヤーナ・ロパートキナ、卓球選手の水谷隼、フィギュアスケーターの高橋大輔※、行司差し違えで北の富士に負けた初代貴ノ花などなど。(※高橋さんの高は正しくははしごだか)
人間だけではない。ゴリラやハダカデバネズミ、シロナガスクジラなど動物たちも登場する。どうしてこの動物たちを小川さんが選んだのか、ちゃんと理由が述べられていて、それらに関与している人間の思いもきちんと描かれている。
小川さんは彼らの輝かしい姿のごく一部を切り取る。肩、声、指先、つま先、背中など、その部分に神様が宿っているかのように見つめていて、まるで昨日見たことのように描く。
さらに小川さんは登場する人物や動物の視線を追う。何を見ていたのかだけではない。何を見ていなかったのかも語られる。そうか、彼らが見ていないところにも、物語は存在しているのだと気付かされる。
輝かしい時代は短い。次の時代のヒーローに取って代わられても、小川さんが魅せられた瞬間は永遠だ。
シロナガスクジラの骨にまで思いを馳せるこの作家を私は愛してやまない。