歌手、俳優の美輪明宏さんがみなさんの心を照らす、とっておきのメッセージと書をお贈りする『婦人公論』に好評連載中「美輪明宏のごきげんレッスン」。
10月号の書は「浪漫」です

幻想的で妖しい世界を愛す

明治の頃、欧米から新しい文化が入ってくると、知識人たちは外国語に漢字を当てはめて日本語に取り入れました。たとえば「ロマン」の当て字「浪漫」を広めたのは、かの夏目漱石だとか。

漱石の小説『三四郎』のなかにも、「浪漫的(ロマンチック)アイロニー」「浪漫(ローマン)派」といった言葉が使われています。もともとはロマン主義文学を表す言葉だったようですが、だんだん意味が広がり、さまざまな場面で使われるようになりました。カタカナの「ロマン」と漢字の「浪漫」ではややニュアンスが異なり、「浪漫」のほうがレトロで、耽美的な印象を受けます。

私が「浪漫」という言葉からまず連想するのが、大好きな泉鏡花の小説です。幻想的で妖しく、ページを開くと日常とは違う世界へといざなってくれます。江戸川乱歩の作品も浪漫そのもの。10代の頃から明智小五郎が登場する探偵小説を愛していました。

16歳のとき、勤めていたお店に江戸川乱歩先生がいらっしゃいました。私が「明智小五郎とはどんな人?」と尋ねると、自分の腕を指さして「ここを切ったら青い血が流れるような人だよ」。「うわぁ、ロマンチック」と言うと、「君、そんなことがわかるのかい。じゃあ、君の腕を切ったらどんな色の血が出るんだい?」。私の答えは「七色の血」。そんなことを言う16歳を、面白がってくださいました。

泉鏡花や江戸川乱歩の小説は、現代人には言葉遣いが難しいかもしれません。でも、やや退廃的な香りもするあやかしの世界には、なんともいえない耽美的な魅力があります。現実世界から距離を置きたいときや、気持ちをリフレッシュしたいときなど、たまにはそんな世界に浸るのも悪くはありませんよ。

●今月の書「浪漫」