地下の天国
先述のオバちゃんたちが、日本の旅行中最も興奮していたのが、大阪や京都など関西のデパ地下だった。活発に買い物や立ち食いをしている客から放出されるエネルギーに、何某かの親近感を覚えていたのかもしれない。
ちなみに私も仕事で関西方面へ行くことがあると、阪急うめだのデパ地下にある、甘いもの売り場に足を運ぶ。行くと必ずと言っていいほど、買う予定もなければ買いたかったはずもないものを、店員さんに推されてついついノーと言えずに買ってしまうのだが、これがまた楽しい。思いもかけないものと出会い、それが自分にとって生涯気に入りの嗜好品となることもある。
ちなみに私がデパ地下で見つけて以来大好物になったものに、大阪の老舗の飴屋で製造されている山椒味の有平糖(ありへいとう)というのがある。私が特に気に入っている「全国の銘菓コーナー」で見つけたものだが、いつだったか最初に見つけた東京のデパ地下ではもう置いていないと言われて、絶望的な気持ちになったものだった。
それくらい私のツボにはまる味だったのである。その後私は、大阪のデパ地下でこの飴を入手し、東京へ戻る新幹線の中で、山椒のピリピリ感と繊細で脆い飴の食感にひとしきり歓びを噛み締めた。あの飴も、デパ地下という博覧会的環境ならではの出会いだったと思っている。
地下の天国、デパ地下。
確かにお風呂も温泉も私にとってなくてはならないものではあるけれど、ふと疲れた時に気持ちを満たしてくれるこのワンダーランドがある限り、まだまだ仕事を頑張っていけそうだ。
※本稿は、『貧乏ピッツァ』(新潮社)の一部を再編集したものです。
『貧乏ピッツァ』(著:ヤマザキマリ/新潮社)
17歳でフィレンツェに留学。極貧の画学生時代に食べたピッツァの味が、今でも忘れられない――。トマト大好きイタリア人、ピッツァにおける経済格差、世界一美味しい意外な日本の飲料など、「創造の原点」という食への渇望を、シャンパンから素麺まで貴賤なく綴る。さらに世界の朝食や鍋料理、料理が苦手だった亡き母のアップルパイなど、食の記憶とともに溢れる人生のシーンを描き、「味覚の自由」を追求する至極のエッセイ。