足利将軍家の「権威」を重んじていた上杉謙信。彼が最終的に選んだ道とは――(写真提供:Photo AC)

松本潤さん演じる徳川家康がいかにして天下統一を成し遂げたのか、古沢良太さんの脚本で描くNHK大河ドラマ『どうする家康』(総合、日曜午後8時ほか)。第45回「二人のプリンス」では関ヶ原で敗れ、牢人となった武士が豊臣のもとに集結していた。憂慮した家康は、秀頼(作間龍斗さん)を二条城に呼び、豊臣が徳川に従うことを認めさせようとするが――といった話が展開しました。一方、歴史研究者で東大史料編纂所教授・本郷和人先生が気になるあのシーンをプレイバック、解説するのが本連載。今回は「権力と権威」について。この連載を読めばドラマがさらに楽しくなること間違いなし!

ヤフコメ欄での指摘について

今回は、ややエッセイ風に。

関ヶ原の戦い後の徳川と豊臣の関係を整理した前回の記事(『関ヶ原時点で59歳の家康が、豊臣家を滅ぼすのに「15年」もかけた理由とは…その背後に見え隠れする<圧倒的実力差>』)は、おかげさまでとても多くの方に読んでいただきました。

そんな中、いわゆるヤフコメ欄に、本郷は「権力」にばかり目をやるが「権威」の重要性をもっと考慮すべきだ、というご指摘を見つけました。

この意見、ごもっとも。権威という目に見えないものが、現実的に大きな力を発揮することはしばしばある。