「半世紀以上前に《真夏の夜のフラメンコ》を始めたのは、1961年から数年間、フラメンコの修業に行った際の経験からです」(撮影:木村直軌)
東京は柳橋の常磐津の師匠の家に生まれた少女が、28歳で観た舞踊に魅せられスペインへ。以来六十余年、日・西で学んださまざまな芸を創造の源に、挑戦を続ける(構成=篠藤ゆり 撮影=木村直軌)

実現させたい 持続させたい

7月29日、日比谷野外音楽堂の100周年記念行事のひとつとして、「真夏の夜のフラメンコ」を開催しました。私たちが日比谷でこのイベントを始めたのは、もう半世紀以上前。今年は第52回になります。コロナ禍の1回を除き、毎年続けてきました。

今年は記念行事にふさわしく、お祭り気分あふれる情熱的な舞台にしたい。そう思って、和太鼓奏者の林英哲さん率いる「英哲風雲の会」の皆さん、初共演のスペインの若手ダンサーと、高円寺阿波おどりの「吹鼓連」の皆さんとともに、3時間を超えるステージに。舞台とお客様がひとつになり、大いに盛り上がってくださいました。

阿波おどりの方に参加いただいたのは、小松原庸子スペイン舞踊団の本拠地が高円寺だから。何年か前、ぜひ舞踊団の人たちも阿波おどりに出てほしいと言われて、お稽古をつけてもらったことがありました。そのときは私どもで招聘していたスペイン人も参加して、みんなで楽しい時間を過ごしました。

「真夏の夜のフラメンコ」開催にあたっては、前日に舞台稽古を行い、当日はリハーサルを含めての長丁場です。皆さんご存じのように、この夏の暑さはちょっと異常でした。舞台上に冷房の空気を流しても、なにせ野外ですから、暑さは半端なものではありませんでした。