裸で廊下を走り回るほどの患者の目に輝きが戻った
みなさんにも大切にしたい思い出があるでしょう?
それはくり返し思い出すため、強く記憶に刻まれます。うれしかった出来事は何度思い出しても、その度に楽しい気持ちにさせてくれますよね。
そこで私は、これを看護に使ってみることにしました。認知症は治らないと言われていましたが、ひょっとしたらと思ったのです。
以前から、精神医学には回想療法という治療法がありました。しかしそれは、悲しい記憶も引き出してしまいます。嫌な記憶は楽しくありませんから、元気が出ません。そこで私は「過去の楽しい思い出だけを探してみよう」と提案しました。
認知症の患者さんに実践してみると、予想以上の効果が見られました。
家政婦をしていたある患者さんは、かなり重度の認知症で、裸で廊下を走り回るような状態でした。以前、人の肩を叩くのが生きがいだった、という話を聞いたことがあったため、その記憶を刺激してみたのです。
ヘルパーさんにお願いし、その患者さんの指圧を受けてもらいます。そして「上手ね、気持ちいいわ」とほめてもらうのです。患者さんは、ニコニコしながら、ヘルパーさんの肩や背中を、揉んだり、叩いたり、なでたりします。これを続けるうちに、廊下を裸で走らなくなりました。
また、ある患者さんは、浅草の老舗和菓子店のお饅頭が大好物でした。玉露のお茶を淹れ、和菓子を出すと「おいしい、私、これが毎日の楽しみだったのよ」と言います。そこで、これを続けるうちに、症状が改善してきたのです。
さらに、魚河岸に勤めていた患者さんには、お風呂の時間を変えてみました。魚河岸の仕事は朝が早く、午前10時頃には仕事を終えてひと風呂浴びる習慣があったと聞いたからです。それまでお風呂は午後でしたが、朝に変えると、気持ちよさそうにお風呂場で歌い始めました。それがきっかけとなり、記憶が戻っていきました。
どんな症状で、どんな薬を飲んでいても、その人の核心の光が消えたわけではありません。本人の生命に光を当てれば、再び輝き出すことが実証できたのです。