口以外から摂取する栄養が不足していた
悪阻の期間は文字を読むだけでも酔ってしまい、本から遠ざかっていた。それもまた、私の心を枯らす要因になっていたのだと思う。私にとって、本は主食である。食べなくても死なないけれど、食べないと力が湧いてこない。
子どもの父親である元夫に「辛さをわかってもらえない」悔しさ。いつまでたっても強くなれない自分自身への苛立ち。その両方が渦巻く夜、私はおもむろに本を枕元に置いた。
洗面器を抱えて眠ることに、いい加減飽き飽きしていた。お気に入りの本ならば、何周も読んでいる本ならば、中断しながらでも物語を追えるだろう。たとえ追えなくても、心が震える一節に出会えればそれでいい。
助けてほしい。何かしらのヒントがほしい。この子を守るための足がかりがほしい。お腹をそっと撫でながら、祈りに似た想いを抱き、ゆっくりと頁をめくった。
“「栄養ていうもんは、口からしか採られへんもんと違うやないか。口から食べられるもんは食べられる時期に食べたらええし、それ以外のもんはそれ以外の楽しみ方をしたらよろし。せやないか?」”
大好きな登場人物の台詞を目にした瞬間、驚くほどホッとした。ああ、私はずっとこの人に会いたかったんだ。そう思ったら、少しだけ酸素が入ってきた。愛すべき物語。愛すべき人物たち。私の中で息づく彼らは、いつだって人生の分岐点において、静かに隣にいてくれた。
※引用箇所は全て、村山由佳氏著作『すべての雲は銀の…』本文より引用しております。