城そのものの保有にはさほど利益はない

しかしここで注意してほしいのは、城そのものの保有にはさほど利益はないということ。城が国境にあるからこそ、地政学的な意味が出てくるというわけです。

『「失敗」の日本史』(本郷和人:著/中公新書ラクレ)

先に述べたように高天神城はもともと徳川の城で、武田との国境にある、まさに「境目の城」でした。現在の静岡県掛川市にあたります。

しかし実に険しい山城で、あの武田信玄が攻めても落とすことができなかった。ところがその城を、勝頼の代になって落としたのですね。

ビギナーズラックだったのかもしれませんが、あの戦の神様である信玄公でも落とせなかった城を、勝頼が落とした。「勝頼様は、信玄公以上の戦上手なのかもしれない」。そうした話になるわけです。

しかしもう一度、繰り返しますが、高天神城は、あくまで徳川と武田の境目にあったからこそ意味があるわけです。だからもし周辺環境が変わると、その存在意義も失うことになる。まさにそんな事態が起きてしまった。