いわゆる「詰んだ」状況に追い込まれた勝頼

さて、そこに目をつけたのが信長です。

信長はきっと人の悪い笑みを浮かべながら、家康に「高天神城を落とせ」と指示した。そこで徳川は本格攻勢を行うことになり、すると当然、降伏の話が出てくるのですが、信長は家康に「降伏を許すな」と命令する。

本来、そこでは降伏を受け入れるのが普通なのです。それによって困難な攻城戦をやらなくて済む。お互い無用な犠牲を出すことなく、たとえば城主を切腹させる条件で城兵の命は助けるなどして、降伏を受け入れればいい。しかし信長は、あえてその道を断った。

一方、高天神城降伏の可能性が絶たれたことで、武田側の選択肢はふたつに絞られます。

ひとつの選択肢としては、高天神城を救援することです。自分の味方の城が攻められたときに救いに行くことを「後詰め」と言いますが、それを行う。そしてもうひとつの選択肢が、城を見捨てるということでした。

一般論として、リーダーたる勝頼は後詰めを行わなければならない。もし見捨ててしまえば、それぞれの土地を守っている武田領の武士たちが「勝頼殿は、いざとなったときに見捨てるお方じゃ」となり、それまで従属していた武士たちが雪崩を打って離れていくことになりかねないからです。

それを避けたければ、後詰めをするしかない。ところが実際に後詰めのために援軍を出せば、それを織田が待ち構えていることも目に見えている。武田が本隊を出してくれば、織田は当然それを叩きにくる。武田は既に「長篠の戦い」で織田に大敗しているわけで、また戦って勝ち目があるかと言えば、それもない。今回また負ければ、もはや滅亡まっしぐらです。

救援か、見捨てるか。しかし、どちらの選択肢を取っても勝頼にとってはアウト。信長の打った手により、勝頼はいわゆる「詰んだ」状況に追い込まれたのです。