生命保険のお金は右から左へと消えた

「当時は夫の命を助けてくださいと氏神様にお参りするのが日課でした。願いは叶えてくださったけれど、夫は倒れるたびに別人になっていく。わけのわからないことを言い出したり、感情のコントロールができなくなって暴れたり。挙げ句の果てに、その後の心筋梗塞を経て植物状態になってしまいました。

何が大変って、お金ですよ。当時は付き添いさんの費用だけで月に60万円もかかったんです。夫は会社を経営していたのですが、私が会社のことに無知だったために社員にいいようにされてしまい、たちまち経営不振に陥りました。

身体障害者1級ということで下りた生命保険のお金は右から左へと消えてしまい、仕方がないので家を担保に銀行からお金を借りて。結局、夫が死んだのは、家を失い、この先どうしようと思っていた矢先でした」

心の準備は整い過ぎるほど整っていた。だから夫の死に動揺することもないと思っていた。

「ところが、あれは葬儀から3ヵ月ほど経った頃でしょうか。長女と銀座で食事をしたんです。店から外に出て空を見上げたら、夕陽がきれいでね。『一人であんなにきれいなところに旅立ってしまってずるい』と思った途端に涙が溢れてきて、人目も憚らずワンワン泣いてしまいました。

娘が『頑張って生きていこうね。10年間、一丸となって試練を戦い抜いた私たち家族の絆は強いんだから』と声をかけてくれまして。財産は残してくれなかったけれど、夫は心の遺産を残してくれたのだと気づくことができました。

おかげさまで娘はそれぞれ結婚し、現在は長女の家で暮らしています。孫に囲まれ、とっても幸せです」

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夫の死後も妻の人生は続いていく。試練でしかないと捉えてしまいがちな死別という節目が、新たな人生を歩み始めるためのターニングポイントになることもあるのだ。

 


ルポ・夫の死を乗り越えて

【1浮気夫ががんに。介護生活で10キロ痩せた妻を待っていたのは
【2】第二子を妊娠中、夫が交通事故に──。われを失った日々
【3】倒れるたびに別人になっていく夫。10年の介護が残した遺産