写真提供◎AC
貧困家庭に生まれ、いじめや不登校を経験しながらも奨学金で高校、大学に進学、上京して書くという仕事についたヒオカさん。現在も「無いものにされる痛みに想像力を」をモットーにライターとして活動をしている。ヒオカさんの父は定職に就くことも、人と関係を築くこともできなかったそうで、苦しんでいる姿を見るたび、胸が痛かったという。第60回は「人間関係を服に例えると」です。

本当に出会いの場がない

牛窪恵さんの『恋愛結婚の終焉』(光文社)に、マッチングアプリで選択肢が多すぎて、この人!と思う相手に出会えないという若者について、こんな記述がある。

私は、婚活アプリを利用する若者たちから「いい人がいない」「これと思う相手に出会えない」と聞くたびに、マーケティング調査でよく耳にするセリフを思い出します。

それが、「着ていく服がない」。

(中略)

彼女たち(彼ら)は、決して「服がない(少ない)」わけではありません。むしろ、ストックが多すぎて選ぶのがストレスだからこそ、往々にして「どれも決定打に欠ける」と服のせいにして、「手持ちの服からは選べない」と決定を避けたり、「市場(自宅の外)には、もっといい服があるはず」だと、あえて外に目を向けたりしているのです。
(p193~p194)

牛窪恵さんのインタビュー「恋愛結婚で苦労した母を見て育った。〈結婚には恋愛が必要〉はわずか60年の歴史の結婚観。老後のために共同生活者を作ろう」はこちら

私の周囲でも、同世代は異口同音に「出会いがない」と言う。それは思い込みだけでなく、事実として、少なくともアプリ以外では本当に出会いの場がないのだと思う。職場と家の往復という人は、人間関係が職場以外になかったりする。合コンや知人からの紹介という文化は廃れつつある。恋人に限らず、友達だって作る機会がない。

大学生までは、同世代が強制的に同じ箱に入れられ、コミュニケーションを取らざるをえなかった。それはそれで息苦しくもあったが、社会に放り出されると、逆によほど自分から積極的に行動しなければ、新しい人間関係は生まれない。

私も、自分の周囲を見渡して、同世代は絶滅したのか?と思うことがよくある。仕事で関わるのは40代以上ばかり。それはそれでいいのだが、やはり同世代でも話せる人が欲しいなと思う。常に同世代と出会うことがない、ない、ない!と思っている。

渋谷や原宿を歩けば、普段全く見ない同世代の若者が溢れるほどいて、いったいどこに潜んでいたんだい?と言いたくなる。確かに同じ日本には存在するのに、本当に接点がない。