「『仕方がない』も決心のうち」

適当に生きていようといまいと、この世には自分の力ではどうしようもないことがある。自分の責任ではないのに、行く道を阻む、どうにもならないことがある。だったら、それは「仕方がない」と思い切るのだ。

ギブアップするのではない。逃げるのでもない。とりあえずやり過ごし、切り抜ければよいのだ。そのためには、「なぜこうなってしまったのか」と過去にこだわり過ぎてはいけない。また、なんとか解決しようと執着してもいけない。

「仕方がない」は、「過去」と「正解」を捨てる決意なのだ。

我々は人生を自分で始めなかった。つまり、「仕方なく」生き始めたのだ。ならば、これからも「仕方なく」生きていけばよいし、「仕方がない」という決心は、我々が生きるための大事なテクニックだ。

受け容れ難いものを受け容れなければならない時、「仕方がない」と呟いて生きよう。それも確かな「勇気」なのである。

……などということを調子に乗って喋っていたら、おしまいに先生から、

「それ、色紙に書いてください」

え? 色紙? 今言ったこと、学校のどこかに貼るの!?

今まで何度後悔したことか、口は禍いの元。

 

※本稿は、『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮社)の一部を再編集したものです。

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苦しくて切ないすべての人たちへ』(著:南直哉/新潮社)

この世には、自分の力ではどうしようもないことがある。

そのことに苦しみ切なく感じても、「生きているだけで大仕事」と思ってやり過ごせばいい――。

恐山の禅僧が説く、心の重荷を軽くするメッセージ。