イメージ(写真提供:Photo AC)
高齢者が高齢者の親を介護する、いわゆる「老老介護」が今後ますます増えていくことが予想されます。子育てと違い、いつ終わるかわからず、看る側の気力・体力も衰えていくなかでの介護は、共倒れの可能性も。自らも前期高齢者である作家・森久美子さんが、現在直面している、95歳の父親の変化と介護の戸惑いについて、赤裸々につづるエッセイです。

前回〈95歳、頑固な父が認知症になった。老々介護の日々を綴った本に「自分のことのようだ」などさまざまな感想をいただいた〉はこちら

父の退院の日が近づいて来た

父は2023年6月中旬に、物が食べられなくなって衰弱し、支えなしでは歩行も困難になったため入院したが、3ヵ月ほどでかなり回復した。

医師に確認すると、普通食を食べられるし、リハビリ担当者に相談して体格に合った杖も作ってもらったから、特に治療は必要ない状態だと言われた。

病院の生活に慣れた父は、退院を急ぐつもりはないように見えた。唯一、4人部屋だったため、テレビを見る時にイヤホンをしなければならないのが面倒だと私に話していた。

9月の中旬、医師、看護師、リハビリ担当者と医療ソーシャルワーカー、そして父と私が集まって退院後の生活について話し合いを持った。まず医師が父に所見を伝えてくれた。

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「足の動きがすごく良くなりましたね。姿勢もいいし、筋力があるのは素晴らしいと思います。それでも、年齢的に転倒する可能性は高いので、24時間見守りが必要です」

父は医師の前段の誉め言葉に対して、すぐに反応した。
「90歳過ぎ迄、週に2回スポーツクラブに通って、筋トレをしていましたから、腹筋や背筋はあるんですよ」

私は隣で聞いていて、あぁ、また父の自慢話が始まった……と恥ずかしいのと同時に、父らしさが戻ってきたことにホッとした気持ちになった。父は人と話すのが好きだから、医療スタッフに囲まれていると、嬉々として本領を発揮する。

「私は数字に強いのでよく計算するのですが、定年退職してから30年間、週に2回体を鍛えていたということは、年におよそ100回、30年で3000回運動していたことになります。継続こそ力なりです」

そう胸を張った父は、横にいる私に向かって言った。
「久美子、おまえも体を鍛えておいたほうがいいぞ。俺みたいに元気な年寄りになってくれよ」

「そうだね、頑張るよ。違う日にその話はしようね」
と私が答えたのは、医師が腕時計をチラッと見て、脱線した父の話に時間を取っていられないという表情が見て取れたからだ。