父が回復したのは間違いない
医療スタッフが退席して、父と二人になった。高台にある病院の窓からは晴れ渡った空が見える。
私が差し入れに持っていったぶどうをおいしそうに口に運んだ父は、リラックスした表情で窓の外を見ている。
「きれいな青空だな。秋の色になってきた」
風景に心が動く余裕さえ生まれたのだから、父が回復したのは間違いない。退院を前提にどのように父と話し合うかを考えあぐねていると、私が子どもだった頃、母がよく父のことを愚痴っていたのを思い出した。
「パパはね、畳みかけるようにこちらの希望を言うと、絶対に反対する性格だから、時間をかけて話し合わなければだめなの。同意していても、『俺は反対だ』って必ず言うから、疲れちゃうわ」
父が54歳の時に母は49歳で亡くなっている。40年以上の時間を経て母の教えを思い出した私は、今後のことは日をあらためて父と話すことに決めた。
「私、今日、原稿の締め切りがあるからもう帰るね。次に来る時、何か持ってきてほしいものはある?」
「うーん……チョコレートが食べたい」
「わかったよ。じゃあ、またね」
父はゆっくりゆっくりと歩いて、エレベーターホールまで来て、バイバイと手を振ってくれた。