デザイナーの意外なファッション

ルイ・ヴィトンのように、元々トランク店だった老舗ブランドがなぜ、スター級のファッション・デザイナーを雇い、巨額の投資をしてファッションの世界に足を踏み入れたか、不思議に思ったことはありませんか。

それはひとえに、時代を先取りするためです。古き良きものに新しい要素を加えることによって、どの時代でも最先端をいくデザイン性を備えた新商品を提供し、消費者の購買意欲をくすぐるためです。

そんな使命を一手に引き受けるのがファッション・デザイナーです。彼らは常に既成概念を問い、時には壊し、新しいモノや考え方を世の中に送り出していくことを求められます。一般人がファッション・ショーを見ると、奇抜に思えたり、キレキレに映るデザインがあるのもこのためです。

ではファッション・デザイナー本人がキレキレの恰好をしているかといえば、そうではありません。驚いたことに、案外地味な服装をしています。

ルイ・ヴィトンのレディース・デザイナーのニコラ・ジェスキエールは黒のズボンに黒の革ジャンが定番ルックです。ディオールのメンズ、そしてフェンディのレディースを担当している気鋭のデザイナー、キム・ジョーンズも、まるで制服のようにいつも同じような恰好をしています。なぜなのでしょう。

答えはある日、私と同じ疑問を持つファッション記者が、当時ルイ・ヴィトンのメンズを担当していたキム・ジョーンズにインタビューをした際、明らかになりました。「なぜいつも同じような服装をしているのか」という質問に対し、キムはこう答えたのです。

「自分が心地よいと思える服装が一番なんだよ。自分を見失うと創造力は湧いてこない」

側で聞いていた私はびっくりしてしまいました。ファッションのプロ中のプロ、流行を作り出す張本人が、自分のためには「心地よい」服を選ぶと言うのです。それはややこしいドレスを避け、「これが一番よ」、といつも同じような黒のワンピースを選ぶ広報部長のマダムにも通じるところがありました。