全部統一してしまうことへの疑問
JRが発足する際に国土地理院内でどのような議論があったのかは知らないが、すべての元国鉄を私鉄記号にすることも検討されたのではないだろうか。
ところが当時はまだ基本的にアナログ時代であるから、ボタン一発で国鉄記号を私鉄記号に直せるような「魔法」は存在しない。
国鉄線路の総延長はざっと2万キロだったが、2万5000分の1地形図に直せば800メートルにもなる。それほどの膨大な描き換えの手間を考えれば、それを避けたいのは人情だ。
さらにもうひとつの理由として、世間で少なくとも数十年間は親しまれた国鉄・私鉄記号を全部統一してしまうことへの疑問もあっただろう。
全部の鉄道を私鉄記号に変更してしまうと、むしろわかりにくくならないか。特に東京や大阪など鉄道が網の目のように発達している地域では顕著だろう。
かくして「JRか、それ以外か」という区分が基準となった(と想像する)。
ついでながら「JR以外」の記号は守備範囲が広く、たとえばモノレールや、「ゆりかもめ」などのような新交通システム(両者とも区間の大半は「高架部」の記号を伴う)、それにケーブルカーも該当する。
ケーブル関連で誤解しやすいのはロープウェイで、これは別の「リフト等(索道<さくどう>)」の記号を使う。
その名の通りスキー場などのリフトはもちろん、石灰石を鉱山からセメント工場まで運ぶ長いベルトコンベア(常設に限る)などにも適用されている。
もうひとつの記号が「特殊鉄道」だ。これは今の地形図ではあまりお目にかかれないが、かつては森林鉄道や鉱山軌道など対象が多く、特に林業の盛んな地域では谷ごとにその記号が地を這っていたものだ。
それらの大半が廃止された現在、この記号が拝めるのは、製鉄所内で原材料などを運ぶための線路、遊園地のジェットコースター、それに登山道として有名な鹿児島県屋久島の安房(あんぼう)森林軌道などに限られている。
※本稿は、『地図記号のひみつ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『地図記号のひみつ』(著:今尾恵介/中央公論新社)
学校で習って、誰もが親しんでいる地図記号。地図記号からは、明治から令和に至る日本社会の変貌が読み取れるのだ。中学生の頃から地形図に親しんできた地図研究家が、地図記号の奥深い世界を紹介する。