(写真提供:Photo AC)
地図を読む上で欠かせない、「地図記号」。2019年には「自然災害伝承碑」の記号が追加されるなど、社会の変化に応じて増減しているようです。半世紀をかけて古今東西の地図や時刻表、旅行ガイドブックなどを集めてきた「地図バカ」こと地図研究家の今尾恵介さんいわく、「地図というものは端的に表現するなら『この世を記号化したもの』だ」とのこと。今尾さんいわく、「実際の工場にはさまざまな種類があり、戦前の地形図の図式では何種類もの記号が定められていた」そうで――。

消えた歯車、残る工場

チャップリンの映画『モダン・タイムス』で思い出すのが、労働者が大きな歯車に巻き込まれる名場面だ。

大きな機械が据えられた工場の勤め人でもなければ、あれほどの歯車には滅多にお目にかからないが、子どもの頃にこれを見た私にとっては「工場といえば大きな歯車」というイメージが定着するきっかけになったかもしれない。

地形図の記号でも、明治13年(1880)に測量が始まった日本最初の地形図である「迅速測図」の頃からずっと、工場の記号といえば歯車の形である。

いや、正確には「歯車の形であった」と過去形にしなければならない。というのは、最新の「平成25年図式」でこの伝統ある記号が廃止されてしまったからだ。

記号をやめた理由を国土地理院の人に正面から尋ねたことはないが、おそらく現地調査の時間的余裕がなくなったことに加えて、大縮尺の市街地図がスマホで簡単に見られる時代にこの記号を表示する意義が薄まったことも背景にあるだろう。

地形図の表現として地域の概況を把握するのにこの記号は役立つと思うのだが、そんな眺め方をする人は減っているのかもしれない。

歯車記号がなくなった結果、新版の地形図やネットの「地理院地図」を閲覧しても、工場とショッピングセンターの区別はできなくなった。

私はかねがね「地形図は風景の見える地図です」とその楽しさをアピールしてきただけに、工場記号の廃止は残念だ。

以前の図式なら、工業地帯にはこの記号があちこちに置かれ、大きな工場をめぐる塀の記号や、煙突の記号が点在している場所があれば、その風景を思い浮かべることができたものである。

塀の記号もやはり工場の記号と同時に廃止され、煙突の記号も「平成25年図式」では「概ね60m以上」とハードルが高くなったので、中小工場が点在するエリアはふつうの住宅地と見分けがつかない。