100本記念に選んだ作品は、藤原審爾(しんじ)の小説『秋津温泉』。私は少女時代から読書ばかりしていましたが、初めてこの小説を読んだときから、いつか映画化できたらと心の中で温めていたのです。

監督は、吉田喜重にお願いしたかった。でも会社に言うと、「彼は原作ものはやらないから、断られますよ」。人を介してお願いしたところ、案の定断られました。

そこで、直接会って説得することに。最初は断られましたが、粘りに粘って(笑)。原作通りでなくてもいいとお話ししたところ、監督が出した条件は、「私たちの世代には、敗戦は避けて通れない出来事です。主人公である男女の青春に、それがどのような影を落としたのか。それを描きたい」。

監督と同い年で戦争経験のある私は、もちろんその考えに異存はありませんでした。62年に完成した『秋津温泉』は大ヒット。私はこの作品で毎日映画コンクール女優主演賞など、さまざまな賞を受賞しました。私の目に狂いはなかった。その思いは今も変わりません。

じつは受賞の祝賀パーティーで、引退を表明するつもりでした。女優人生で、この先、これ以上いいことはないだろうと思ったからです。それまで自分には不向きだと思ってきた映画の世界で、精いっぱいがんばってきた。でも、もう自由になりたいというのが素直な思いでした。

控室で、私は母と吉田監督に心の内を打ち明けました。すると母は「あなたの好きにしたらいい」。ところが監督は、「あなたは青春をすべて映画に捧げてきました。辞めてしまってはもったいないとは思いませんか?」。

その言葉に、「そうだ、これまでの時間を否定してはいけない」という思いが湧き上がり――結局、引退は表明しませんでした。