浴風会病院での経験
和田:その浴風会病院に、私も足掛け9年ほどいたのですが、お年寄りについて、さまざまなことを学ばせてもらいました。わりと社会的に地位があった人が入院してくるのですが、そういう偉い人でも部下にまったく慕われていない人もいれば、反対にとても慕われている人もいる。
認知症でうまくコミュニケーションがとれなくても、見舞客が途絶えない人もいますし、私でも名前を聞いたことがあるようなかつて傑物だった人なのに、誰も会いに来ない、本当に孤独な人もいました。
若い頃に上にばかり媚びて、下を大事にしてこなかった人は、人生の最期を気の毒なかたちで送ることになる。反対に下の人を可愛がってきた人というのはさまざまな人に慕われたまま人生の最期を迎える。そういう有様を見たときに、今の出世よりも、年を取ってからのことを考えて生きなければと思いましたね。
中尾:それもある程度の年齢にならないとわからないことですね。
和田:運が良かったのは、私はその病院に28歳から勤めたので、かなり早くからそういう悟りのようなものを人よりも早く感じ取ることができた。医学部のようなところは、みんな、偉い医者になろうとして教授とか肩書きを欲しがる人間が多かった。肩書きなんかにこだわりだすと、せこい競争が生まれるんですよね。
たとえ教授になっても、それが通用するのはせいぜい65歳までだなと浴風会病院にいたときに思えたから、それは私の人生にとっては大きな転機になりましたし、今でもよかったと思います。
中尾:普通はある程度の年齢になって、人生経験のなかで、つまずきがあったりしないとなかなか気がつけないですよね。