市場に参加する「入場料」

市場の調整がこれほどつらいのは、それが罰のように感じられるからだ。何か悪いことをして、厳格な先生にお仕置きされるような気持ちになる。

だが市場の調整は罰ではない。市場に参加するための入場料のようなものだ。

(写真提供:Photo AC)

「タダで市場リターンを得られたためしはないし、今後もないだろう」。金融ジャーナリストで投資家のモーガン・ハウセルの言葉だ。

ハウセルは著書『サイコロジー・オブ・マネー──一生お金に困らない「富」のマインドセット』で、市場の調整はシステムのバグではない、と書いている。

投資資産の価値が下落する可能性を受け入れることは、長期的に資産を増やすのに必要な対価だ。調整なくしてリスクなし。リスクのないところにリターンもない。

だが労せずに報酬だけを得ようとするのが人間の本能だ。

その結果、投資家は「対価を払わずにリターンだけを得ようと小細工を弄し作戦を練る。要するに、株を売買するのだ。次の不況が始まる前に売り抜け、次の上昇相場が来る前に買おうとする。(一見すると)論理的な行動だ。だがお金の神様は対価を払わずに報酬だけを得ようとする者をよく思わない」(4)