ここをどこか南国のビーチと取り違えていやがる
当時70歳を過ぎていたこの教師は、離婚後独身生活を満喫し、夜になると街中でアメリカ人やドイツ人のお姉さんたちをナンパしている姿がたびたび生徒たちによって目撃されていた。
私は一度、シニョーリア広場の噴水の袂で、ナンパのチャンスを待っていると思しきこの先生と遭遇したことがあった。目の前を行き来する女性たちと視線を絡めつつも、なんとなくやる気のなさそうな怠惰な面持ちで、彼は噴水の柵に寄りかかったまま、「しかし、この観光客のだらしない格好ってのはなんとかならんもんかね」と私に話しかけてきた。
「フィレンツェは、私たちが日々社会的秩序を守りながら生活を営んでいる場所だというのに、それに対するリスペクトが感じられん。ここをどこか南国のビーチと取り違えていやがる」と彼の愚痴はしばらく続いた。
私は当時、日本人の通訳やガイドのバイトをしていたが、確かにその頃、日本人観光客の多くは真夏でもきちんとした服装の人が多かった。それに比べ、欧米人、特にアメリカ人観光客の服装は際立ってラフだった。