意外にも共演経験はないというお二人(撮影:岡本隆史)
日本を代表する映画女優である岩下志麻さんと小山明子さん。岩下さんの夫は篠田正浩さん、小山さんの夫は故・大島渚さんと、それぞれ世界的に高く評価される名映画監督という共通点が。その結婚生活はどんなものだったのでしょうか。お二人と親交のあるエッセイストの関容子さんが聞きました(撮影=岡本隆史 聞き手・構成=関容子)

つきあうことはご法度で

──お二人は「映画女優」という呼び名にふさわしい大輪の花で、またご主人がそれぞれ日本を代表する名監督でいらっしゃいます。今日は監督の妻として女優として、存分に語り合っていただきたいと思います。まず監督と結婚に至るきっかけは?

小山 洋裁学校時代に学校のファッションショーにモデルとして出て、そのときの写真で松竹にスカウトされて、いきなり主役でした。『ママ横をむいてて』という映画。

2本目の『新婚白書』のときに大島が助監督でついてて、雨待ちのときなんか喫茶店で若い人同士でワイワイやっていて、それで知り合いました。そのとき、話が面白くて楽しい人だな、と思ったのが最初の印象。

岩下 初めて聞きました。

小山 3本目は『晴姿稚児の剣法』で、中村嘉葎雄さんの相手役に決まって、京都へ一人で行かされたんです。私、心細くて、寂しくて、帰りたい、と思ってたら、大島がたまたま『絵島生島(えじまいくしま)』という映画で、大庭(秀雄監督)組で来たんですよ。もう、地獄で仏ですよ。彼は京大出だし、京都は僕の町だから、って、あちこち案内してもらって。

岩下 京都が縁結びの町なのね。

小山 ええ、でもつきあうことはご法度で。手紙のやり取りしかできなくて、5年間で360通のラブレター。

岩下 デートはなくて、手紙だけ?

小山 だってすごい数、撮っていたから。1年に10本くらい。松竹に5年いて、50本。

岩下 すごい! 私よりも多いわ。

小山 志麻さんは主役だけだから。私は誰かの妹とか、友だちとか、そういうのにも出てたので、忙しくて。

──志麻さんも京都がご縁の始まりですね。

岩下 ええ、京都で『暗殺』という司馬遼太郎さん原作の映画を篠田が撮っていた時、周りは知らない人ばっかりだったんで、ある日先斗町のお料理屋さんに夕食に誘われて、それが初デート。カウンターに二合徳利10本、ズラーッと並べてね。

小山 えーっ!! 酒豪なんですね。

岩下 当時はね。女優の酒豪番付というのがその頃あって、横綱が宮城千賀子さんと清川虹子さん、私は東の大関でした。でも、妊娠してからはぱったり、飲まなくなってしまいました。小山さんは?

小山 私はだめ。大島は酒豪でしたよ。男同士でお酒飲んで議論するのが大好きで。やっぱり番付があって、大島は横綱。私がよく迎えに行くものですから、番付の下の呼び出しのとこに、「連れ出し、小山明子」って。