蜷川幸雄のダメ出し
初めて会った染五郎さんは、正に貴公子そのものだったが一言も発しない。ジュリエット役の中野良子さんは、売り出し中の綺麗な華だった。蜷川さんの稽古はいつも本読みをしないという。
事前に渡された台本を全て覚えてこいというお達しはあったものの、まさか本当に初日から台本を離すことはしないだろうと甘く見ていたが、そのまさかだった。
芝居の初顔合わせというのは通常、プロデューサーからスタッフ紹介、キャスト紹介があり、そして演出家から演出意図などの話があって、休憩を入れた後、本読みとなるのが習わしだ。
が今回はとにかく、いきなり立稽古を始めるという。みんな戸惑っていたが、お構いなしだ。一幕一場はモンタギュー家とキャピュレット家の大勢の喧嘩の場面から始まる。
まず東宝の俳優さんが一言声を発し、5、6行いくと、蜷川さんが、「ちょっと待て。違う!もう1回最初から」と怒鳴った。エーッと思いながら見ていると、また3、4行芝居が進む度に蜷川さんは、「だから違うんだよ、もう1回!」と言う。
また最初から始めると、「誰に向かって喋ってるんだ。対象物が見えないんだよ。うそ芝居するな」他の俳優が台詞を言っても、「違うんだよ、馬鹿野郎!そんな芝居やってるから商業演劇はダメなんだよ!」と来た。
既に初めの半ページの台詞を10回以上やらされている。スタッフ、キャストを含む100人がその俳優さんに注目していた。私は私より年嵩のその人が気の毒になった。